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幼稚園からエスカレーター

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幼稚園時代



楽しかった毎日
今から四半世紀程前のことなので、このコラムを執筆するにあたって、記憶の掘り起こしが必要なのかと思っていましたが、そうでもありませんでした。それだけ私にとって、幼稚園時代の生活は刺激的で楽しいものだったのでしょう。

毎朝の登園では大好きだった電車に乗れたこと。園庭を駆けずり回って洋服を泥だらけにしては、母親を困らせていたこと。そしてそれを良しとする祖母のフォロー。出しっぱなしにしていたハサミを先生に片付けられてしまい、どうにも見つけることができず、幼稚園に行きたくないと家で大泣きしたこと。どれもこれも些細なことではありますが、当時の私にとっては貴重な時間だったのです。

特にダンゴムシとの出会いは運命的なものを感じました。触ると丸くなって、しばらくすると元に戻って歩き出す。その愛くるしさに私はやられてしまい、ダンゴムシをひたすら捕まえては自宅に持ち帰っていました。当然のことながら、母親はそれらを逃がすのですが、翌日また捕まえて持ち帰るということを繰り返していました。

たくさんの友だちと優しい先生、そしてダンゴムシと過ごした日々は、今でも私の宝物です。


母親たちの戦い
私たちが楽しくダンゴムシと戯れている一方で、当時、母親同士の戦いは熾烈を極めていました。それは子どもに持たせる「お弁当」に起因します。

私が通っていた幼稚園は「お弁当」制(?)だったため、昼食は各自が家から持ってきた「お弁当」を食べていました。ご飯がたくさん入っている男の子。とても小さなお弁当箱の女の子。みんなが大好きなおかずを毎日入れてくる子。個性豊かな「お弁当」たちが集まるお昼の時間は、みんなが毎日楽しみにしていました。

しかしその裏で、母親たちが火花を散らしていたことを忘れてはいけません。それは母親の料理の腕前や、お弁当への手の掛け方から、その家のちょっとした家庭環境を垣間見ることができるからです。当時、クラスの女の子たちが羨むような「お弁当」を作れる母親は鼻高々でした。愛する我が子のため、そして自身のメンツを保つために、母親たちは皆が羨むような「お弁当」作りに思考錯誤していたのです。

これを下らないことと取るか、それとも涙ぐましいことと取るかは、皆さんにお任せします。今でも同じようなことが行われているかは定かではありません・・・。


家庭環境はさまざま
自分の経歴を人に話すと、裕福な家庭で育ったんだね・・・などと言われます。しかし、わが家はごく普通のサラリーマン家庭でしたし、友人の多くも私と同じような家庭環境でした。一部には本当のお金持ち家庭も存在しました。しかし、世間のイメージとは違い、逆に彼らの方がマイノリティだったような気がします。只、そのマイノリティな方たちもドラマやマンガのような品の無いお金持ちではなく、由緒ある家柄の人たちだったと記憶しています。そして偽者ではなく、驚く程の本当のお金持ちでした。

私立学校に子どもを通わせるにあたっては、まわりの家庭がどんな人たちなのかが、一番気になるところかと思います。ギラギラ系のお父さんがポルシェで子どもを送り迎え。全身ブランド物で固めたお母さんが、保護者参観日に登場。今の時代、もしかしたらそんな人たちがまだいるかも知れません。ですがこの景況なので、私が幼稚園児だった頃よりは少なくなっているのではないでしょうか?

今回は、あくまで私の周囲の話(1986年頃)ですので、ご参考になればよいのですが。

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